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【新・京都風土記】ポケモン狂想曲 ~ミュウツーの夏~

 日本有数の歴史的観光都市と扱われることが多い京都。そんな京都には少し変わった側面があります。それは「ポケモンの街」であるということです。もう少し正確に言えば「ポケモンGOの街」ですね。


 言うまでも無くポケモン(ポケットモンスター)とは1996年に任天堂(本社:京都市南区)から発売されたゲームソフトであり、20年以上に亘って世界中で大ヒットを続けている作品群のことです。モノクロ時代のゲームボーイに始まって、ゲームボーイカラー、ニンテンドーDS、そしてニンテンドーSwitchなど、主として任天堂の携帯ゲーム機向けのソフトとして開発が行われてきました。


 そんなポケモンが遂にスマートフォンへと進出したのは2016年のこと。それが「ポケモンGO」でした。北米の企業であるNiantic(ナイアンテック)社が開発した「Ingress(イングレス)」というGPSによる位置情報を利用したゲームをベースとし、それにポケットモンスターの要素を組み合わせたのがポケモンGO。日本では2016年7月22日から配信が開始されました。


 ポケモンGOにおいては、プレイヤーが実際に街中を歩くことによってポケモンを捜索して捕獲したり、アイテムを入手したり、バトルに興じたり……といったことが可能となります。それまではゲーム機の中にしか存在しなかったポケモンの世界、それがこのリアルワールドにおいて展開される。瞬く間に社会現象(または社会問題)となりました。


 ポケモンと言えばメインとなるプレイ層はやはり10代から20代といったイメージがありました。しかしポケモンGOにおいては日々の通勤や散歩のついでに遊ぶことが可能……ということで、それまではポケモンになど興味のなかった中高年のサラリーマンや、高齢者の方にまで幅広く受け入れられることになりました。むしろ近年では若者よりも、そちらの層の方が厚いようにすら感じられます。



 ポケモンGOの聖地的存在とされる街は日本にもいくつかあり、中でも有名なのは東京の新宿西口や、名古屋の鶴舞公園がそうでしょう。そしてまた京都の街も隠れたポケモンGOの街であるのです。


 「そもそも任天堂が京都にあるのだから、京都がポケモンの街になってもおかしくはない」と思われるかもしれませんが、さにあらず。例えばポケモングッズの専門店である「ポケモンセンター」は98年の東京・大阪開店以来、全国各地に展開されてきましたが、京都においてポケモンセンターキョウト(出店当時は四条河原町の高島屋の5階。2019年3月16日に現在の四条室町の京都経済センター2階へ移転)ができたのは2016年3月16日のこと。むしろポケモンという点において、京都は後進の街でありました。


 では、なぜそんな京都がポケモンGOの街となったのか。Nianticの位置情報ゲームである「ポケモンGO」や「Ingress」には、実際に街中に存在する各種モニュメント(神社やお寺、祠、お地蔵さん、石碑、像、変わった看板など)がアイテムスポットとして登録されており、そこからアイテムの入手やバトルへの参加が可能なシステムとなっています。


 そして言うまでもなく、京都においては寺社仏閣や祠などが無数に存在しており、それらのほぼ全てが「ポケストップ」、あるいは「ジム」と呼ばれるアイテムスポットになっているのです。





































(※京都市内、ろっくんプラザ付近の様子。街中の到る所にポケストップがあり、そのほぼ全てで「ルアー」と呼ばれるアイテムが使用されている。画像はタツベイのコミュニティデイの際のもの)


 このポケストップやジムの密度が高いということは、アイテムの入手が容易になることはもちろんですが、ポケモンの出現率の向上とも密接な繋がりがあると言われています(詳細な相関性は不明ですが)。逆にこれらの密度は田舎になればなるほど低くなってしまい、初期のポケモンGOでは大都市部ばかりが優遇され、田舎ではポケモンも全く出現しなければアイテムも入手できない……という地域格差が大きな問題となりました。これは現在ではかなり改善されていますが、今でもその傾向そのものは変わってはおりません。


 そして長い歴史を持ち、掃いて捨てる程のモニュメントで溢れ返る京都の街は、当然のことながらポケモンGOにおいて「恵まれた」街のひとつとなりました。個人的な感覚ですが、より大きな都会であるはずの大阪や神戸よりも明らかにポケモンの出現率が良いように感じています。間違いなく京都は近畿圏では最大のポケモンGOの街であります。


 その中でも、ポケモンGOをプレイするのに打ってつけの場所と言えば、寺町通と新京極通。その三条から四条のあたりにかけてでしょう。特に寺町通と六角通と交差する「ろっくんプラザ」と呼ばれる広場のあたりが凄いですね。なお、初期のポケモンGOにおいては八坂神社の裏手にある円山公園や嵐山がポケモンが数多く出現するスポット「ポケモンの巣」として有名でした。


 寺町通を歩いてみれば、10mごとにポケストップ/ジムがあり、とにかくどれだけプレイしてもアイテムが底を尽きることはありません。とは言え、普段はそれほどプレイしている人はいないのですが、月に一度か二度開催される、特定のポケモンが多数出現する「コミュニティデイ」と呼ばれる日には、このエリアはびっくりするぐらいのポケモンGOトレーナーで溢れ返ることとなります。


 ここ数年で凄かったのは2018年6月の「ヨーギラス・デイ」、同年10月の「ダンバル・デイ」。2019年4月の「タツベイ・デイ」でしょうか。やはり珍しく、そして強力なポケモンが数多く出現するコミュニティデイほど人手が多くなります。これらの日の寺町通と言えば、歩く人は老若男女みんな手に手にスマートフォンを持ち、ポケモンゲットに興じておりました。


 他にも強く印象に残っているのは2019年7月頃、「アーマード・ミュウツー」のレイドバトルが行われていた期間でしょうか。「レイドバトル」とは時間限定、期間限定でポケモンがジムに出現し、それらを複数のプレイヤーが協力してバトルを行い、見事打ち倒すとゲットチャンスに恵まれる(つまりゲットできないこともある)というイベントです。


 レイドバトルにおいては、レジェンドや伝説と呼ばれる強力なポケモンを倒す為には最低でも4人から5人。場合によっては7人以上のプレイヤーが必要になってきます。それも長い時間をかけて強いポケモンを育てあげてきた高レベルのプレイヤーです。……ですが田舎だとレイドバトルが開催されても人が集まらず、どうやっても伝説のポケモンをゲットできない、レイドバトルに勝利できないということが大半だったりします。


 その点、人の集まりの良い京都はとても恵まれています。アーマード・ミュウツーの時もそうでした。アーマード・ミュウツーとは2019年7月に封切りされた「劇場版ポケットモンスター ミュウツーの逆襲Evolution」(1998年7月公開の「ミュウツーの逆襲」のリメイク版にあたる)という映画に登場するポケモンであり、その公開を記念して期間限定ではありますがアーマード・ミュウツーのレイドバトルが行われることになったのです。





































(※アーマード・ミュウツー。その設定上、決して強力なポケモンではないが、これを求めて数多のプレイヤーが京都に押し寄せた)


 7月の京都と言えば祇園祭に沸くシーズン、それも40℃近くまで気温の上がる毎日です。灼熱のうだるような暑さ、そして鉾建が行われて、ただでさえ人の多い京都の街。それはそれは「どうなってるんだこれは!?」というぐらいの数のポケモンGOトレーナー達が集結していました。


 街中では到る所にアーマード・ミュウツーが出現し、ジムの場所には200~300人もの人が集まってくる。そしてレイドバトルが始まれば皆が一斉にスマートフォンの画面を叩き始める……。ミュウツーの日に限りませんが、レイドバトルでは寺町三条のかに道楽や、寺町錦小路の錦天満宮、四条通の大丸のあたりは特に凄い集まりようになります。


 ひとつレイドバトルが終われば次なる獲物を求めてあっちだこっちだと移動を開始。離れた場所にある出現ポイントまで早歩きで移動……。中にはチームを組んで、ハイエースで移動しながらミュウツーを狩って周る中高年の一団もおられました。


 蒸し釜と化した夏の京都。祇園囃子の響くアーケード下を、皆がミュウツーゲットに燃えていました。あの熱気と喧騒、賑わいは本当に凄かったですね。かくいう自分もスマートフォンとモバイルバッテリー片手に洛中を駆け回っておりました。




































(※その時の狩りの成果。ミュウツーはもちろんですが、一日に何度もレイドバトルに参加できる「プレミアムレイドパス」と呼ばれるアイテムや、経験値が2倍になる「しあわせたまご」も併用して、随分と経験値も稼がせて頂きました)


 あの頃が京都におけるポケモンGO熱が最高潮だったように思います。2019年8月のラルトス・デイあたりを最後に、だんだんと京都からトレーナーの数は潮のように引いていきました。ポケモンGOのブームが終わったというよりは、レアなポケモンがコミュニティデイやレイドバトルの対象として選ばれない月が続いた……というのが理由かと思います。


 ……そしてその頃、密かに新たな災厄が世界を蝕み始めていました。新型コロナウィルス(Covid-19)の流行です。


 2019年の終わり頃から出現したという説もある新型コロナウィルス。年が明けて2020年の春頃からは爆発的に世界中で大流行。「外出自粛」「密を避ける」ことが求められるようになり、あらゆる人とお金の流れがストップするようになりました。


 特に大きな影響を受けたのは観光業でしょう。あれだけ観光客と観光バスで溢れかえっていた京都からはすっかりそれらの姿が消え失せてしまいました。知人の京都のバスガイドさん(※ポケモンGOトレーナー)の方に話を伺ったところ、海外からのツアーはもちろん、大きな稼ぎ所である修学旅行に到るまで、春先から数ヶ月に渡って完全に仕事がなくなってしまい、休業状態に突入したそうです。




































(※2020年7月31日の先斗町の様子。閑散としており、この日は1人とすれ違っただけだった)


 コロナウィルスの流行はポケモンGOにも少なからず影響を与えました。3月に予定されていたケーシィ・デイは延期。4月へと延期になります。外出自粛の要請は、外を出歩かなければゲームが成立しないポケモンGOの存在を根本から揺るがすものでもありました。


 とは言え、ポケモンGOユーザーにとっては悪い事ばかりではありませんでした。ポケモンGOの運営はコロナウィルス対策として様々なアップデートを実施。ポケモンの出現率を大幅に向上させたり、アイテムを無料で大盤振る舞いしたり、ポケストップやジムに反応する距離を大きくしたり、リモートでレイドバトルが行えるようにしたり……。2016年のサービス開始以来、もっともプレイしやすい環境が構築されたとも言えます。


 コミュニティデイにおいては、自宅や郊外の飲食店にのんびり座っているだけでもポケモンの出現が絶えず、街中をせっせと歩き回らなくてもお腹いっぱいになるぐらいポケモンをゲットできてしまう程でした。嬉しいような、寂しいようなでもありますが。


 7月25日、26日には有料イベントとして「GO Fest 2020」が開催。このGo Festはもともと2018年は横須賀、2019年は横浜でのみ行われたイベントで、それも抽選で当選した人だけが参加できるものでした。もちろんその日、その場でしか入手できないポケモンがたくさん出現するのです。それが2020においては有料チケットさえ買えば、誰もが何処からでも参加できるという形態になりました。


 ですが、これらの日の京都は雨ということもあってか……本当に人が少なかったです。ポケモンGOをプレイしている人など、ほとんどいなかったのではないでしょうか。


 今年のコミュニティデイはどれもそこまでレアなポケモンが選ばれている訳でもなく、2018年や2019年のような熱狂ぶりは見受けられません。ポケモンGOどうこう以前に、そもそも京都に人がおりません。もっとも、京都はほんの10年前までそうだったのですが。


 とは言え、2020年も夏が終わり、秋に入る頃にはだんだんと人も戻って参りました。まだまだ世界的にはコロナウィルスの流行は収まっておらず、むしろ第二波の襲来によって大変な事態になっている国も少なくありません。日本においても完全に流行が収まった訳ではありませんので、人が戻ってくることが良いのか悪いのかは微妙な所です。


 コロナ禍の収束、まだまだ遠し。いつかまた、あの夏のような熱狂の渦が訪れることを祈ってやみません。

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